【喧嘩商売】プロレスラー・力道山が最強柔道家・木村政彦を公開処刑にした「昭和巌流島」から66年、暴力はどこに消えた【1954.12.22プロレス日本選手権試合】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【喧嘩商売】プロレスラー・力道山が最強柔道家・木村政彦を公開処刑にした「昭和巌流島」から66年、暴力はどこに消えた【1954.12.22プロレス日本選手権試合】

平民ジャパン「今日は何の日」:11ニャンめ

◼︎“平成・令和の力道山”は絶対弱者に空手チョップ

 暴力の垂直的下方展開の先には、ペッキングオーダー(序列)における、より下位の弱者、すなわちクラスメイト、後輩、部下、従業員、店員、業者、患者、ありとあらゆる立場の弱い者たち、隷属され支配される者たちがいる。密室における絶対的弱者がいる。乳幼児、児童、配偶者、高齢者、障碍者、囚人、奴隷。 

 平成・令和の力道山は、アパートや施設のドアのむこうで、子供や妻にサッカーキックをお見舞いする。高齢者に空手チョップを繰り出す。障碍者を殴り、蹴り、張り倒す。  
 貧困と戦うシングルマザーは、間違って出会ってしまった男友達の暴力とも戦わねばならない。施設に収容された高齢者・障碍者は、介護士の暴力にさらされたら逃げ場はない。

 もちろん、戦うすべはない。

 誰も助けに来ない。
 警察は民事に介入しない。
 家族友人隣人も、ドアの向こうに踏み込まない。

 そこから先は自己責任だ。

 生まれた場所が悪い。
 生まれた時代が悪い。
 選んだ相手が悪い。
 そこにいること自体に運が無い。
 テレビはこの戦争を中継しない。
 死体が発見されるまでは、ニュースになることはない。
 自助せよ。
 共同体は消えたから、共助は無い。
 財政赤字で国には余裕がない。
 公助にたのむな。努力せよ。
 耐えよ。いやなら他所に行け。

 これでは人口もひたすら減少するわけだ。

 足元の暴力と貧困から目をそらし、遠い戦争と知らない世界の貧困を名目に、血税を大盤振る舞いする。
 その見返りが、平民ジャパンに戻る仕組みは無い。
 いつだって、使途不明金だ。

 

◼︎暗く静かに暴力が内向する社会に、日本は進化した

 暴力はつねに身近に潜む。
 暴力は突如現れる。
 暴力は一旦起動すれば日々エスカレートする。
 暴力は日常化して麻痺を起こす。
 暴力は対岸の火事ではない。
 迫りくる暴力に備えているか。
 暴力に向き合う覚悟はあるか。
 騙し打ちは暴力の本質だ。
 あたかも、よき人の素振りをして、襲撃する

 先住民を虐殺した入植者、ユダヤ人を貨車に乗せたナチ、カタギを沈めるヤクザの手口は、甘言から始まる。
 幼児性愛者、児童生徒に性暴力を行使する教師はグルーミングという手法で、獲物となる児童と信頼関係を築き、抵抗力を奪ってから、手を出す。
それが捕食者の方法だ。

 力道山による木村政彦の襲撃、公開処刑にも、その要素を見てとれる。

 やられているほうは、手遅れになった瞬間に気付く。あ、殺される、と。
 朝鮮出身の力道山が日本の柔道王・木村政彦を、アメリカ流のプロレスの場で公開処刑する姿に、何も知らない日本の男たちは沸いた。
 ビバ、ノンポリ・ジャパン。
 粗野なバイオレントジャパンは、いまは遠い。
 日本は殺人率が低く、自殺率が高い。
 攻撃性が内に向かう社会だ。

 表から消えた暴力のエネルギーはまず身近な弱者に向かう。

 そして、にっちもさっちもいかなくなった攻撃性は自らに向かう。暗く静かに暴力が内向する社会に、日本は進化した。

 

◼︎力道山の「だまし討ち」が日常になった「ザコキャラ」ジャパン

 児童相談所が対応した児童虐待は全国で19万件を超え、過去最多を更新した。毎年増える一方だ。先月(202011月)、全国で自殺した小中学生と高校生は合わせて48人で、前年同時期より22人増え(前年比84.6%増)、6か月連続で前年を上回った。411月までの期間では、今年は329人と昨年の256人より73人増えている(28.5%増)。そのうち8人は小学生だ。

 これでは、日本人は絶滅してしまう。

 2018年の警察白書は、こう言っている。「近年の若者については、規範意識が高まっていることがうかがわれる。また、近年の若者のうち、現在の生活に満足している、『とても幸せだ』と思っている者が増加し、社会や家庭生活に不満を抱く若者が減少していることがうかがわれる」。テレビでプロレスを見ることはない。学校でプロレスごっこをすることもない。若者は幸せであり、暴力とは無縁の世界に生きているらしい。これを信じるかどうかは、個人の自由だ。

 いやいや、暴力は消えていない。

 それどころか、暴力と「無縁」の世界は、絶対的な暴力の下支えがあって、成り立っていることを忘れてはならない。
 今日、いま、この瞬間、社会に「縁を結ぶ前」の幼児、「縁から切り離された」高齢者たち、共助なしには「縁を結べない」障碍者たちがいる。足を踏み外す間もなく、無間地獄にあっさりと落ちていく人々は無縁墓地に入るしかない。 
 彼らに対して甘言が弄され、その場しのぎの安心を約束しながら、日本社会全体が壮大な特殊詐欺で回っている。木村政彦に対する力道山の「だまし討ち」のような「裏シナリオ」が、スポンサー合意のもとに確実に実行されている。
 それは民事不介入という、やる側がだけが加入する保険制度に守られている。

 一見平和すぎるこの世間の外周、外縁、低層に、弱者への暴力が正確な歯車のように回って、命をすりつぶしている。パッケージの外側からは決して見えない暴力が、台本に書かれた通りの薄ら寒い建前を成立せしめている。子供、女性、高齢者、障碍者が、恒常的な暴力の掃きだめになっている。弱き者たちが、さらに弱き者たちを奴隷としている。表の世界の秩序から、見た目の暴力が取り除かれて、密室における私刑(リンチ)へと向かう。

 アメリカが絵を描いた、力道山による、パンとサーカスの時代。

 その後の「巨人、大鵬、卵焼き」から、テレビとポップカルチャー全盛の時代を経て、マンガ、アニメ、ゲーム、アイドル、2ちゃんねる、ソーシャルメディアでの炎上合戦と、「我らの力道山」は時空を超え、姿かたちを変えていく。

 一見カワイイこの世界の片隅で、暴力はいまそこにある。

 暗澹たるは、まさにこれからの、この暴力の行方だ。この呪いは、笑顔で死んでいったことになっている戦時日本の兵隊たちの運命よりも、さらに暗いかもしれない。 
 暴力は上から下へ、下水のように流れ落ち、見えない溝に貯まる。汚泥は底辺に堆積する。
 力道山の記憶とは、強い者を歓呼で讃える、内弁慶で夜郎自大な、溺れた犬をみんなで打って喜ぶ、「ザコキャラ」ジャパンだ。

 自分が踏みつけているものに気づかない。
 自分が踏みつけられていることにも気づかない。

 だから、おまえはもう、死んでいる。

 ジャパンはもう、詰んでいる。■

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猫島 カツヲ

ねこじま かつを

ストリート系社会評論家。ハーバード大学大学院卒業。

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